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EUの覇権は拡大するか

2004年6月1日   田中 宇

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 ドイツが国連安全保障理事会の常任理事国入りすることを目指し、外交攻勢を強めている。昨年3月にアメリカがイラク侵攻する際、明確な反対を表明したドイツは、その後アメリカがイラクの泥沼にはまって国連やヨーロッパ諸国に助力を求めるのを尻目に、アメリカから脅されても妥協しなかったことを国際社会で評価され、発言力が増している。

 ドイツは、この高い評価をテコに、来年から始まる予定の国連改革の中で、自国の常任理事国入りを成功させようとしている。シュレーダー首相は「すでに日本やロシアは、わが国の常任理事国入りに賛成している」と述べている。(関連記事

 国連のアナン事務総長は昨年9月、国連総会の演説で「一部の国は、他国が自国を攻撃するための武器を開発しているかもしれないというだけで、その国を先制攻撃する権利があると主張している。この理論は国際秩序を破壊するもので、これが黙認されれば、違法な武力行使が世界中に広がってしまう。国連は、そうした破壊者にどう接するか、ということを考えねばならない」と述べ、この問題を解決するため、国連の安全保障理事会の制度を改革すると表明した。(関連記事

 アナンは、アメリカの単独覇権に対抗するために安保理を強化すると宣言したわけで、これはイラク戦争までの国連がアメリカの傀儡だったことを考えると驚きである(こんな宣言をした以上、国連はブッシュ政権をイラクの泥沼から救うつもりはなく、国連がアメリカに協力する姿勢を示しているのは、本腰を入れたものではないだろう)。

 安保理の議席数が増えるとしたら、アメリカのイラク侵攻に対してロシアや中国などよりも強く反対を表明したドイツは、国力だけでなく外交力からいっても常任理事国になれる立場にある(この基準からいうと、対米従属以外の国是を見つけられない今の日本は、まだ常任理事国にならない方が世界のために良い)。

 昨年9月のアナン演説後、国連内に国連改革について検討する「ブルーリボン委員会」が作られ、今年12月に報告書をアナンに提出することになっている。ドイツの作戦は、日本やインド、ブラジルといった常任理事国になれそうな他の国々と連携し、策定中の国連改革案の中に常任理事国の枠組みを拡大する方向性を盛り込ませることで、自国を常任理事国入りさせようとするものだ。(関連記事

▼ドイツ問題の解決策としてのEU

 ドイツは、ヨーロッパの中で他国より強い力を持っており、ヨーロッパの中心となることを100年近く前から方向づけられていた。強国だが国家統合や近代化のスタートが他の国々より遅かったドイツの拡大志向を、他の国々がどう止めるかという「ドイツ問題」が近代ヨーロッパの大問題だった。

 第一次世界大戦では、フランスとイギリスを中心とする連合軍はドイツを打ち負かすことができず、開戦から3年後にイギリスがアメリカに頼んで参戦してもらい、その1年後にようやくドイツを敗北させた。

 第一次大戦後、ドイツ問題を解決するために、フランスとドイツが併合していく構想をイギリスが後押ししたが成功せず、戦争の再発を防ぐために作られた国際連盟もアメリカの不参加や日本の脱退で破綻し、ドイツはナチス政権になって再拡大を企図し、第二次大戦が起きて再び敗北した。ドイツはその後、冷戦によって45年間分断されたが、この背景には、ドイツを再び強国にしたくないという意思をアメリカ、イギリス、ロシア、フランスなどが持っていたことがあったと思われる。

 冷戦で分断されている間に、西ドイツは時間をかけて平和主義に変身させられ、ドイツとフランスの信頼関係が醸成された。1990年前後に冷戦が終わった後、短期間でドイツ統合とEUの設立(ECからの格上げ)が行われ、ドイツとフランスの融合を核とした欧州統合がどんどん進んだのは、冷戦という信頼醸成期間があったからだろう。

 欧州統合が本格化した14年後、イラク戦争の泥沼に陥ってアメリカが自滅的に覇権を弱めたのと反比例するかたちでドイツは外交力に自信をつけ、EUの中でもフランスとドイツという中心の2国が結束を強め、外交力の拡大を模索するようになった。

 たとえば2003年10月、アメリカがイランに対して核兵器を開発していると非難し、イランとアメリカの関係が一触即発になったときは、ドイツ、フランス、イギリスの外相が一緒にイランの首都テヘランを突然訪問し、アメリカに自制を求めるとともに、イランに対して核兵器に転用不可能なかたちの軽水炉を建設してやる構想を持ちかけた。これは、EUがアメリカを牽制する動きだった。

 EUの中でも、イランとの関係緊密化に最も積極的なのはドイツである。ドイツは戦前の帝国主義時代にイランへの覇権拡大を目指していたことがある。ドイツの主導でEUがイランとの関係強化に動いていることは「ドイツ外交の復活」であると指摘されている。(関連記事

 EUは昨年秋、EU全体の外務大臣に当たるハビエル・ソラナ(外交・安全保障政策上級代表)が提起した「ソラナ・ペーパー」で、EUが外交力を行使する影響圏を、中東からアフガニスタンまで拡大する構想を打ち出した。アフガニスタンにはNATO軍のかたちでEUが進出し、トルコのEU加盟を進展させる構想や、イランとの関係強化も模索され、EUの覇権を拡大するソラナ構想は現実に向かっているように思われた。(関連記事

▼揺らぐトルコのEU加盟

 ところが、その後今春にかけて、EUの覇権拡大を挫折させるような出来事が相次いでいる。一つは、トルコのEU加盟への布石となると思われたキプロスの南北統一EU加盟が失敗したことだ。

 トルコの沖合に位置するキプロス島は、かつて多数派(82%)のギリシャ系と少数派(17%)のトルコ系が混じって住んでいたが、1960年にイギリス領から独立後、ギリシャ系の大統領がトルコ系国民の権利を制限したため、1974年にトルコが軍事介入して島の北半分をトルコ系の国として分離独立させ、両者の境界線に国連が駐留して紛争を止めてきた。

 南側のキプロス共和国が2004年5月を期してEUに加盟することが決まった後、EUはキプロスに圧力をかけ、北側との交渉をまとめて南北統合してからEUに入るよう求めた。だがギリシャ系住民は急いで交渉することに消極的で、EU加盟の直前に南北で行われた統合を問う住民投票では、北側では統合賛成が過半数を占めたが、南側では7割が統合に反対し、結局南側だけがEUに加盟した。

 トルコのEU加盟は、成功すれば、EUを「ヨーロッパ連合」から「地中海連合」へと拡大する構想の最初の具体化になる。独仏は、EUを中東イスラム圏まで拡大し、いずれは地中海の囲む全域をEUの傘下におさめようとする構想を持っている。これは、アメリカが単独覇権でなくなった後、中東を安定させるためにはEUが出て行かざるを得ないという国際協調主義の考え方に基づいている。

 アメリカの国務省など国際協調派はここ数年、EUに対してトルコの加盟を承認するよう圧力をかけ続けてきた。トルコは1963年から欧州の統合に仲間入りしたいと表明し続けてきたが、1999年にようやく加盟申請がEU側に承認され、今年末までにはEUとトルコが加盟交渉に入るかどうか、EU側が最終決断することになっている。(関連記事

 だが、キプロスの南北統合が失敗したことで、トルコのEU加盟には暗雲が立ち込めた。フランスのシラク大統領は、キプロス住民投票の直後、トルコのEU加盟をなるべく早く実現するやり方を支持しないと表明した。(関連記事

 トルコのEU加盟は早くても2013年までは実現しないと予測されている。トルコより先に、ルーマニアやブルガリアといった東欧のキリスト教国がEUに加盟することがほぼ確実となっている。(関連記事

▼EUはキリスト教国の統合体?

 トルコに加盟を許すかどうかは、EUの根本理念にかかわる問題だ。歴史的にEU統合を支える理念は2つあり、一つは「ヨーロッパのキリスト教国を統合する」という考え方で、もう一つは「ヨーロッパの民主主義・自由主義国を統一する」という考え方だ。EUの基本理念をキリスト教に置いてしまうと、イスラム教徒が大多数を占めるトルコをEUに入れることができなくなる。

 EUでは、6月末までにEU全体の基本法となる欧州憲法の概要について、加盟国間の意思一致をはかることになっているが、その際の議論の一つになっているのが、憲法前文にEUのアイデンティティをどう記すか、という問題である。

 フランスのジスカールデスタン元大統領らの起草委員会が作成した憲法前文の草案では、EUの基本理念を「ギリシャ、ローマ文明やその後の啓蒙思想などによって育まれたヨーロッパの文化、宗教、人道主義」に置いている。「宗教」という文字はあるが「キリスト教」に限定していない。今後加盟するかもしれないイスラム諸国や、EU内に住んでいるイスラム教徒などに配慮したのである。(関連記事

 これに対しイタリア、ポルトガル、ポーランド、リトアニア、マルタ、チェコ、スロバキアといったカトリックが多い国々やローマ法王は、EUが「キリスト教に起源を持つ欧州の国々」の組織であることを明記するよう求めた。(関連記事

 こうした動きを見て、ここ数年アメリカ国民の中に「キリスト教原理主義」にのめり込む人が増えていることと関連づけ、ヨーロッパでもキリスト教とイスラム教の「文明の衝突」が起きていると思う人もいるかもしれない。だが、それはどうも違うようだ。

 最近の調査によると、アメリカでは国民の79%が「神」を信じており、国民の大半が「天使」の存在を信じているが、ヨーロッパではこれらの比率がはるかに低い。ドイツの作家によると、ヨーロッパの調査では「天使」のことは質問事項にすら入らない。ほとんどの人が信じていないからだ。

 アメリカの人は「原理主義」というと「イスラム教」しか思いつかないが、ヨーロッパの人はこのほかに「キリスト教原理主義」と「ユダヤ教原理主義」が存在していることを知っていると、この作家は書いている。ヨーロッパでは政教分離を堅持する意識が強いのに対し、アメリカでは自分たちの信仰を客観的に見られない人が多いということだ。(関連記事

▼EUの基本理念をめぐる駆け引き

 むしろ、ヨーロッパ統合の構想の歴史を見ると、統合の理念としてキリスト教を掲げることと、人道主義や民主主義などの理念を掲げることと、2つの流れが古くから存在していたことが感じられる。

 史上最古の欧州統合構想といわれるのは、西暦1600年ごろにフランス国王だったアンリ4世の「大計画」だが、その構想の中に、すでに2つの考え方が混合していた。構想は「キリスト教国の連合体」を作ることだったが、同時に当時のヨーロッパの宗教多様化に対応するため、連合体の理念として「信教の自由」(アンリ4世が1598年に「ナント勅令」として発令した「寛容の精神」)を掲げていた。

 この「寛容の精神」はのちに啓蒙思想に発展し、政治的自由(民主主義)、思想信条の自由(政教分離)など、近代社会をつかさどる理念となっていくが、欧州諸国を統合する際に、そのバックボーンとなる理念を「キリスト教」に置くか「近代自由主義」に置くかという議論は、その間ずっと続いてきた。

 フランスはカトリックの国だが、同時にフランス革命以来の政教分離の堅持がある。今回、EUの理念をキリスト教に置くかどうかという議論の中で、フランス国内でも「キリスト教」にこだわる主張が出ているが、フランスではすでに、国体を政教分離の枠外に出せない仕掛けができている。

 フランスでは昨年から、公立学校に通うイスラム教徒の女子学生が授業を受ける際にスカーフをつけたままでいることを禁じるべきかどうかで激論があり、政教分離の国是を理由にスカーフが禁じられた。この議論では、フランスのキリスト教右派は政教分離を前面に出してイスラム教徒をやり込めたが、欧州憲法の議論では、その同じ政教分離の原則がキリスト教右派を縛っている。

 キプロスの統合が失敗した後、フランスのシラク大統領は、トルコの早期EU加盟を支持しないと表明したが、これは自国を含むEU内のキリスト教勢力をなだめるための策略だった可能性もある。

 シラクの発言に対し、トルコの外務省は「加盟交渉さえ始まれば、その後の交渉に長い時間がかかるのは問題ない」と受け流すコメントをしている。重要なのは、今年末にEUがトルコとの交渉を開始する決定を下すかどうかであり、シラクは「加盟までには時間がかかる」と言っているだけなので問題ない、というわけだった。(関連記事

▼EUの覇権拡大はゆっくり進みそうだが・・・

 EUではこのほか、ドイツとフランスという2大国だけで話し合って覇権拡大を進めてことに対する他の国々からの批判もある。EUはそれまで、小国の意向を十分にくみとって議論しながらコンセンサスを形成する民主的な運営方法を自慢にしていた。それが、単独覇権主義に席巻されたアメリカの勝手な振る舞いを防ぐためとはいえ、域内民主主義を無視して独仏が覇権強化に走り出したことは、EU内に亀裂を生んでいる。(関連記事

 イギリスでは、6月に行われる欧州議会(EUの国会)の選挙で、EUから脱退すべきだと主張している「独立党」が急拡大して保守党、労働党に次ぐ第3の勢力になりそうだという世論調査結果が出ている。(関連記事

 今年2月の記事「イスラエル・パレスチナのEU加盟」で紹介したイスラエルとパレスチナ人国家をEUに加盟させる構想も、その後は何も動きが報じられていない。イスラエルのシャロン首相は「ガザ撤退」と「西岸の隔離壁建設」によってイスラエルをパレスチナ人地域から分離する計画を進めたいようで、これが一段落してからその先の安定化策に進むということかもしれない。

 どうやらEUの覇権拡大は、ゆっくりしたスピードでしか進まない感じになっている。だがその一方でアメリカも、続けるほど消耗するイラク占領や、財政赤字の拡大、止まらない米企業の開発拠点の海外流出、石油価格の高騰など、経済面で潜在的な国力低下が続いている。いずれ問題が顕在化した場合、アメリカは覇権を捨てて孤立主義的な方向に動いていく可能性がある。そうなるとEUは、アメリカに代わって中東やアフリカなど周辺地域の安定化に本腰を入れねばならなくなる。



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