他の記事を読む

ブッシュの米軍再編の理想と幻想

2005年5月31日   田中 宇

 記事の無料メール配信

 アメリカのブッシュ大統領は、就任する1年3カ月前、大統領戦の立候補者として頭角をあらわし始めた1999年9月、サウスカロライナ州にある陸軍士官学校(Citadel)で、大統領に当選した場合に行いたい軍事政策について演説した。今それを読み返してみると、911やイラク戦争をめぐるいくつかの謎が解けてくる。また、911という大転換や、イラク戦争という大失敗にもかかわらず、ブッシュは当選前に掲げた米軍の再編をめぐる基本方針を、まったく変えていないことに気づく。【演説文はこちら

 この演説でブッシュは、大統領になったら、軍事に関して3つのことをすると述べている。1つ目は、軍の酷使をやめ、海外での平和維持活動を縮小し、軍を手厚く扱うこと。2つ目は、テロ攻撃やミサイル攻撃から米本土を守るため、ミサイル防衛計画の進展と、諜報機関のテロ対策活動を強化すること。3つ目は、装備や兵器の軽量化とハイテク化によって、すぐに世界のどこにでも出動できる「次世紀の軍隊」を創建することである。

 冷戦後の平和な時代が続いていた1999年当時、人々は軍事より経済に関心を持ち、米軍は新兵の募集が満足にできず苦しんでいた。クリントン政権は軍事費の削減を続ける一方、米軍を国際的な平和維持軍として位置づけ、旧ユーゴスラビアなど世界各地に派兵したため、軍を酷使する結果になっていた。ブッシュの主張の1つ目はこの点に関するもので、軍事費を増やすなどして、能力のある人々が軍の募集に応じてくるような状態にすると述べた。

 この約束は、ブッシュの就任8ヵ月目に起きた911事件によって、ほとんど一夜にして果たされた。あの事件を機に、一気に愛国心が湧き上がった米国民は、続々と米軍に志願し、テロ戦争の名のもとに軍事費も急増した。

▼911で一夜にして達成されたブッシュの目標

 ブッシュの約束の2点目の「米本土防衛」も、911によって一夜にして実現した。99年の演説でブッシュは、核兵器などを使ったテロが米本土を襲うかもしれないと予測し、米国内と海外で諜報機関の活動を強化してテロ活動を早期に発見することが必要だと述べ、テロ支援国家を見つけたら、特殊部隊や長距離ミサイルなどを使って先制攻撃することもあり得ると言っている。これらの発言は、911後にブッシュがとった政策と一致している。

 当時、アメリカのマスコミでは「米本土を襲う大規模テロがいつ起きても不思議ではない」といった警告記事がけっこう出ており、ブッシュの発言は突飛なものとは言えない。しかし、911事件をめぐる数々の奇妙な点(関連記事一覧)を考えると、ブッシュ政権もしくはその一部は、テロ事件の発生を予知しながら、故意に防御を怠った結果、ブッシュが当選前から掲げていた「軍事費と米軍の増強」「本土防衛と諜報力の強化」などを実現させたと勘ぐれる。

 米当局がテロ対策(の名のもとに行われる自由の抑制)を、世論の反発なしに強化しようと思ったら、実際にテロ取り締まりの成果をあげて見せるより、実際にテロが起きてしまった方が効果がある。たとえば米当局は、クリントン時代の1999年末、ロサンゼルスの空港を爆破するテロ計画を直前で暴き、容疑者を逮捕した。この事件で一時はテロの恐ろしさについて多くの報道が出たが、その効果は911よりはるかに小さいものに終わっている。

 ブッシュが掲げた3点目の「米軍再編」は、国防総省が進めている兵器と装備の軽量化、ハイテク化と、海外や米国内の基地を削減する計画によって、現在までそのままのかたちで続けられている。ブッシュは99年の演説の中で、米軍(制服組)の中にある現状維持の意識を打破するため、当選したら、国防長官とその配下のチームに大きな権限を与えるつもりだ、と述べている。

 これはその後、ブッシュ政権の国防総省で、ラムズフェルド国防長官と、ウォルフォウィッツ国防副長官やファイス国防次官といったネオコン系の文民の側近たちが大きな権限を持ち、制服組の反対を押し切って米軍の改革を進めることで実現している。ネオコンの人々は1970年代以降、共和党陣営内で、軍事戦略の立案と情報操作に長けた、頭の切れるイスラエル右派系の頭脳集団として知られており、ブッシュは当選前から彼らに軍事戦略の立案を開始させた。(関連記事

▼「制服組は古い」と思い込んでネオコンに付け入られた

 ところが、誰から吹き込まれたのか、ブッシュが「米軍の制服組は冷戦時代の既成概念に囚われ、現状維持にこだわる弊害がある」と当選前から思い込み、国防総省内で制服組と文民高官(ネオコン)が対立した場合はネオコンを支持する姿勢をとり続けてしまったことは、その後イラク戦争が泥沼化の様相を呈するに至って、ブッシュに政治的な大災難をもたらすことになった。

 ネオコンは、PNAC(アメリカ新世紀のためのプロジェクト)という組織形態をとって、1998年にクリントン政権に「イラク侵攻すべきだ」と主張する建白書を提出したときには、すでに明確にフセイン打倒を目論んでいた勢力だ。国防総省などブッシュ政権の中枢に入り込んだときから、ネオコンはブッシュに対し「イラクに侵攻してお父様が実現できなかったフセイン政権打倒を実現し、歴史に名を残しましょう」と持ちかけた。(関連記事

 ブッシュの前でネオコンが描いてみせたシナリオは「イラクは大量破壊兵器を持っている可能性が低く、長年の経済制裁でろくな武器がないので、侵攻すれば簡単に勝てる。米軍のハイテク化された少数精鋭部隊だけでフセイン政権を倒してイラクを民主化すれば、軍事再編された米軍がいかにすごいものか世界と米国内に知らしめることができ、アメリカの世界支配力が増し、その後の軍事再編もスムーズに進む」というものだった。

 今年5月のイギリスの選挙戦の中で、ブレア首相とMI6(英諜報機関)の長官らが2002年7月に行った会議での議事録が暴露された。そこでは、MI6長官が「ブッシュ政権は、イラクが大量破壊兵器を開発している可能性が低いと知りながら、大量破壊兵器があると言いがかりをつけ、イラク侵攻する意志を固めている」と報告している。(関連記事

 大量破壊兵器を持っていないので、実はイラクは侵攻しやすい相手であり、そこに大量破壊兵器所有の汚名を着せて侵攻することで、ブッシュは容易に「中東民主化」を実現する英雄になれる、というシナリオだった。(関連記事

 ところがこのシナリオには「イラクの政権を打倒するのは簡単だが、その後の統治が大変だ」という問題がすっぽり抜け落ちていた。この問題は、歴史を読めばすぐに気づくことだ。1920年代にイラクを統治しようとしたイギリスがこの難問にはまり、その後30年以上、イラクに軍隊を駐留させ続けている。(関連記事

 ネオコンはイラク侵攻前、故意にこの問題を無視した。国務省などのアラブ専門家がブッシュに対して警告を発したのに対し、ネオコンは「アラブ専門家はアラブに甘すぎるので信用しない方がいいです」とブッシュにアドバイスして遠ざけた。国防総省の制服組が「侵攻後の統治を考えたら(ネオコン案の10倍の)50万人の兵力が必要だ」と主張すると「あいつらは冷戦時代の思考が抜けてませんよ」とブッシュに言い、排除した。

▼ベトナムとイラク、多極主義者の反乱

 ネオコンはイラク侵攻を実現したあと、米軍をイラクのゲリラ戦の泥沼に沈めようとする行動を続けた。米軍のイラク占領は、アラブ人の扱いに慣れているイスラエル軍の支援を受けており、ネオコンとイスラエル軍はイラク統治の中で、イラク人を故意に怒らせるようなことを次々と行った。(関連記事

 この展開は、ベトナム戦争と似ている。米軍は、当初はあまり犠牲を出さずに南ベトナムの政権を維持でき、ベトナムの南北分断を固定して、朝鮮半島や台湾などと並ぶ中国包囲網の一拠点にしようとした。だが、米軍が南部に出没する北部系のゲリラを掃討しようとするたびに、米軍の情報が北側に漏れてゲリラが逃げてしまったり、米軍の残虐行為の結果、南のベトナム人たちが北のゲリラの味方をするようになったりした結果、米軍はゲリラ戦の泥沼に沈んで敗退した。最後はニクソン大統領が訪中し、中国が敵でなくなるかたちで戦争が終わっている。(関連記事

 米中関係の文脈でベトナム戦争を見ると、あの戦争は、アメリカ上層部の反中国派(敵にして包囲網を作る軍事派)と、親中国派(仲良くして中国で金儲けする企業派)との戦いであり、戦線が泥沼化して軍事派が破れ、ニクソン訪中で企業派の勝利が決まった。(関連記事

 アメリカ中枢の反中国派と親中国派の対立は、言い換えると、アメリカを世界の中心にし続けようとする一極主義者と、中国やロシアなどアメリカ以外の大国の勃興を誘発しようとする多極主義者の対立であり、この対立は1940年代から存在し、国連という多極主義のにおいの強い組織も作られている。そしてベトナム戦争の構図をイラク戦争に重ねると、ネオコンは多極主義者の一派ではないかとも思えてくる。(関連記事

(米政界に大きな影響力を持ち、アメリカを動かせるイスラエルは、アメリカの世界支配がなるべく長く続いた方が国益になるはずで、この点では、イスラエルと多極主義との利益は相反している)

▼ネオコンに勝ったラムズフェルド

 イラクが泥沼化した後、ネオコンは「徴兵制を敷いてもいいから、イラク駐留米軍の兵力を大増強すべきだ」と主張した。これは米軍を大増強し、イラクの次にイランかシリアに侵攻させようとする戦略だった可能性がある。ラムズフェルド国防長官はこの考えに強く反対し、イラク駐留米軍の兵力数を頑として増やさなかった。

 ラムズフェルドの至上命題は、ブッシュから命じられた米軍のハイテク化と少数精鋭化を進めることであり、米軍の歩兵数を増やすことは、ブッシュの米軍再編構想とは正反対の動きだった。ラムズフェルドは、米軍のハイテク化に必要な予算を確保するため、イラク駐留になるべく軍事費を使わないケチケチ作戦を採った。(関連記事

 イラク駐留米軍兵士には、防弾チョッキや防弾装備つきのジープなどの装備が満足に与えられず、かなりの不満が出ているが、ラムズフェルドは兵士の不満を無視し、ブッシュもそれを黙認している。ブッシュは99年の演説で、自分が大統領になったら軍人を大事にすると約束したが、それは破られ、米軍は再び新兵の募集に困るようになった。(関連記事

 イラクの泥沼化が確実になった2004年春には、アブグレイブ刑務所での米軍によるイラク人勾留者に対する虐待が暴露された事件をめぐり、ネオコンは米マスコミを動員してラムズフェルドの責任を追及し、辞任させようとした。(関連記事

 ところが、ブッシュはラムズフェルドを支持し続けた。何度も「もうすぐ辞める」と新聞に書かれながらも、ラムズフェルドは辞めなかった。これに対し、ブッシュ政権を牛耳っていたはずのネオコンは、今年の初めから春にかけて、ウォルフォウィッツが国防副長官から世界銀行総裁に転出、ボルトンも国務次官を辞めて国連大使に転出する方向で動いている。ファイス国防次官は「アメリカの軍事機密をイスラエルに流した」という疑惑に絡み、春先に「今年8月に辞任する」と発表した。(関連記事

 このようにブッシュ大統領は、ネオコンに国家戦略を立案実行させることをやめさせた。これは、ブッシュが進めたい米軍再編をラムズフェルドが忠実に実行しているのに対し、ネオコンはそれを阻止しようとし、しかもブッシュに戦後統治のことを考えさせずにイラク侵攻させ、米軍を泥沼に沈めたのだから、ブッシュがネオコンを外すのは当然だった。

 だが、ネオコンは政権から完全に外されたわけではない。国家戦略の策定から外されただけで、かわりに世界銀行総裁、国連大使といった、国際機関とアメリカとのパイプ役の要職を与えられている。この人事の意味は、ブッシュが、国際協調を軽視ないし拒否する傾向が強いことと関係しているかもしれない。

 ネオコンが国連などの国際機関で大きな権限を与えられれば、それらの機関の「腐敗」を暴くという「改革」を強行し、国際機関の機能を麻痺させてしまいかねない。とはいえ、ここでも長い目で見ると、ネオコンは隠れ多極主義者としての役割を果たすことになるかもしれない。アメリカが強制する「改革」をくぐり抜けた後の国連は、アメリカの言いなりになる傾向が薄められているかもしれないからである。(国連改革をめぐる話は、改めて分析したい)

▼世界中の米軍をつなぐ巨大な無線LAN

 今春までにネオコンとの戦いに勝った後、ラムズフェルドは全速力で米軍の再編を進めている。再編は2つの動きから成り立っている。ひとつは、ボーイングを中心とする軍事産業に「ハイテク化と軽量化」を発注し、開発を進めさせること。ふたつ目はハイテク化と軽量化の進展を見越して、米国内と海外の米軍基地の展開状態を見直し、基地の廃止や統廃合を進めることである。

 米軍のハイテク化と軽量化の中心は、国防総省がボーイングに発注した「未来型戦闘システム」である。これは、国防総省の傘下で進められている、無人偵察機や無人爆撃機、ロボット型の無人戦車、移動式司令室などの開発、既存の戦車や大砲の軽量化など、18種類の新型戦闘システムを、セキュリティの高いネットワークで連結する大システムだ。いわば、世界中に巨大な無線LANを張りめぐらせ、司令官や兵士が、世界のどこからでもアクセスできるようにする構想である。(関連記事

 戦車の軽量化では、60トン以上ある米軍の主流戦車(アブラム型)などの主要兵器を19トン以下にまで軽量化し、米軍がたくさん持っているC130(最大積載量70トン)などの輸送機で、複数台ずつ運べるようにする。それにより、戦争開始決定から96時間以内に、世界のどこにでも戦車や大砲、偵察機、移動司令室などを運び込み、戦闘を開始できるようにする。

 これらの兵器や偵察装置を活用するため、部隊が世界のどこにいても、前線の兵士と現場の司令室、それからアメリカの米軍中枢とが太い通信網で結ばれ、戦場の兵士や偵察機、軍事衛星などが撮った動画や静止画像を瞬時に送受信できる「統合戦略無線システム」の開発も、ボーイングに発注されている。新システムでは、現場の兵士や司令官に対し、敵の兵士や兵器がどこにどれだけ存在し、どのような動きをしているかという情報が、動画や映像などのかたちで刻々と与えられ、戦闘能力が飛躍的に伸びることになっている。

 無線通信の速度は5Mbps以上を目標にしている。この通信速度は、10メートル四方程度の室内の無線LANでは一般に普及しているが、戦場と司令室の、数キロから数百キロも離れた地域間で実現しようとすると、チャンネルあたりの帯域幅が狭い低周波数帯を使わねばならず、技術的にかなり難しい。(関連記事

 しかもブッシュ大統領は、自分の政権が終わった後でこの計画が廃止されるのを予期してか、自分の政権が続いている間に新システムの実戦配備を開始しようと考え、当初は2014年からだった「未来型戦闘システム」の配備を、2008年からに前倒しした。そして、ボーイング社が前倒しした予定をこなせないと言って、国防総省はボーイングを批判している。(関連記事

▼海外の米軍基地はもう要らない

 2番目の米軍基地の世界的な統廃合は、1番目の兵器の軽量化とハイテク化の結果、多くの基地が要らなくなる状態を先取りして始められている。

 米国内では、425カ所ある米軍の基地や施設のうち10−25%が統廃合によってなくなることが、5月初めに国防総省が発表した計画で明らかになっている。これに対しては、地元選出の政治家を中心に、連邦議会で大きな反発が出ている。アメリカの軍事産業は、日本の公共事業と同じで、全国各州が恩恵を受けられるようなかたちで地域配分され、産業が少ない地域では、米軍基地や軍事産業が、人々にとって欠かせない就職先になっている。(関連記事

 政治家が基地の統廃合に反対するのは当然だが、ブッシュ大統領は911以降強められた大統領権限をフルに使い、議会を黙らせ、5月27日に国内基地の統廃合を進める宣言を改めて行った。(関連記事

 同時に進められている海外の米軍基地の統廃合は、日本に大きく関係している話である。海外基地の統廃合の基本理念は「米軍のハイテク化と軽量化により、短時間にどこにでも米軍を派兵できる以上、恒久的な米軍基地は、海外にはほとんど必要ない」「恒久的な基地に代わり、戦争をするときだけ、戦地の近くの国の飛行場を借り、96時間で米軍基地として機能させればよい」というものだ。

 国防総省はすでに、米軍の海外戦略において「基地」(militaly base)という言葉を使わないようにしている。基地を作るには、基地のある国の政府と契約書を交わし、基地を長期間借り上げる見返りとして、その国を経済援助するとか、その国の国防を担ってやるとか、アメリカがいろいろやらねばならない。しかし、米軍のハイテク化と軽量化が達成されれば、そんな負担を背負って海外に基地を置く必要はなくなる。(関連記事

 代わりに、有事のときだけ飛行場を使わせてくれるよう、その国の政府と簡単な覚書を交わしておくだけでよい。有事になったら、その国の政府は米軍に頼りたくなっているだろうから、無償で飛行場を使わせてくれる可能性が高い。米軍では、この手の有事にだけ基地として使う拠点を「ベアボーン」(bare bones)と呼んでいる。「最小限の骨組みだけのセット」という意味で、自作パソコンの業界でも使われている言葉だ。

 米軍はこれまでの冷戦体制の中で、日本、ドイツ、韓国という対ソ連戦略上重要な3カ国に基地を重点的に展開してきたが、いずれの国に対してもアメリカは、経済面と軍事面から、いろいろ協力してきた。もう冷戦は終わったのだから、3カ国の米軍基地をしだいに廃止して、見返りの協力もやめてベアボーン化し、浮いた金で米軍のハイテク化と軽量化を進めるのが良い、とブッシュ政権は考えている。

▼米軍のハイテク化で「同盟国」も不要に?

 こうした新思考に対し、ドイツと韓国は、原則として賛成した。ドイツはフランスとともにEUの中核国として、アメリカとは別個の覇権になっていくことを目指している。韓国は中国との協調態勢を強め、アメリカとは距離を置くようになっている。韓独とも、急に米軍が引き上げると、軍事的な真空状態が生まれて危険なので困るが、米軍が数年かけてゆっくり引き上げることは、おおむね歓迎している。

 唯一困ったのは、今後もずっと対米従属を続けていくつもりになっている日本である。結局、日米の間では、米軍が兵士や兵器を長期に駐留させる基地を減らす点は韓独と同じだが、同時にアジアを担当する米軍の司令部のいくつかを東京近郊の横田基地や座間基地に持ってくることで、日米軍事同盟が維持されているかたちを採るという化粧をほどこし、従来どおりの日米関係を維持することにした。(関連記事

 ブッシュやラムズフェルドは、沖縄の海兵隊の大半を撤収させ、米軍基地を「ベアボーン」に格下げし、平時には自衛隊や民間に使ってもらうことも考えたらしく、日本側も今年初め「普天間基地から海兵隊をグアム島などに移転させ、有事のみの駐留(ベアボーン)にしてください」と要請しようとした。(関連記事

 これに対しては今年5月、米議会の諮問機関から「米軍再編はテンポが速すぎる。まだ沖縄から海兵隊を撤退してはならない」と主張する報告書が出された。(関連記事

 この件は、米軍の戦略の中に「中国包囲網を維持する」という項目があることと関係している。2001年春にブッシュがランド研究所に書かせた提案書では「中国包囲網はベアボーンによって行うべきだ」となっており、沖縄本島の基地を閉鎖する代わりに、下地島空港など先島諸島の飛行場をベアボーンとして使うことが提案されている。ブッシュがその通りに進めようとしたところ、議会から「沖縄はベアボーン化せず既存の基地を残せ」と再考を促されたわけだが、ブッシュが議会の主張を容れるかどうか、まだ分からない。(関連記事

 日本との関係は、このように「同盟関係」が維持されているように見えるが、ブッシュの米軍再編の理念に基づいて全世界的に見ると、アメリカはもはや「同盟国」を必要としていない。ハイテク化・軽量化された新型部隊が96時間以内に戦地に飛び、30日以内に敵を倒してアメリカに帰還する、というのが再編完了後の米軍の姿であり、どこの国にも頼らず、アメリカ単独で世界を支配できるようになることを目指している。軍事技術によって同盟国を不要にするのが、ブッシュの戦略である。

 この理念を適用すると、イラク戦争に関しても、ブッシュはなるべく早くイラクから米軍を撤退させたいはずである。「石油利権を独占するため、米軍は今後10−20年はイラクに大軍を駐留する気だ」といった見方があるが、これはブッシュの新戦略の考え方と矛盾している。

▼現実との食い違いが広がる米軍再編

 以上のことは、ブッシュやラムズフェルドはそう考えているに違いないという話である。実際には、米軍をいくらハイテク化しても、ブッシュが考えているような同盟国要らずの無敵状態になりそうもない。イラク戦争では、米軍は緒戦で快勝しただけで、その後の戦後統治はハイテクを生かせない市街地のゲリラ戦が延々と続いている。

 ブッシュが30日でイラクから撤退できると思ったのに対し、ゲリラ側は3000日以上、米軍をイラクの市街戦の泥沼に沈めれば、アメリカは戦費拡大と厭戦気分で自滅すると読んでいる。このまま行くと、ゲリラが勝つかもしれない。(関連記事

 イラクではゲリラ攻撃が激しくなるばかりなので、ブッシュがどういう戦略を望んでいるにせよ、実際には米軍は今後、当分は撤退することができない。米軍兵士は疲弊し、ラムズフェルドが拒否した徴兵制がアメリカで復活する可能性も、しだいに大きくなっている。米軍は、ハイテク兵器の開発より、新兵の獲得に金をかけざるをえなくなっている。ネオコン自身は戦略決定のグループから外されたが、現実はネオコンが狙ったとおりの展開になっている。(関連記事

 北朝鮮でも、米軍のハイテク技術は対応できない状況だ。金正日は開発した核兵器や関連施設をどこか地下の貯蔵庫に隠していると思われ、これでは高性能の偵察衛星や無人探査機でも探せない。ブッシュの米軍再編は、米軍をまったく強くしていない。

▼「未来型戦闘システム」は使いものにならない玩具?

 技術面から見ても、ブッシュが考えたようにはなっていない。ボーイングが開発中の「未来型戦闘システム」による米軍のハイテク化・軽量化は、実現するめどが立っていない。基盤となる技術である5Mbpsの「統合戦略無線システム」の開発も、予定より大幅に遅れている。(関連記事

 ニューヨークタイムスは3月末に「新システムは、初期段階だけで1450億ドルもの予算がかかるうえ、技術開発に欠かせない53種類の新技術のうち、戦車の軽量化など52種類については、まだ達成できる目途が立っていない」「国防総省は、膨大な予算を、使いものにならない玩具につぎ込んでいる」とする社説を出し、開発の大幅縮小を求めている。(関連記事その1その2

 共和党系で親ブッシュのはずのランド研究所も「開発が成功するまで、新システムに急いで移行するのは見合わせた方が良い」と警告している。ブッシュ政権は、新システムの開発が途中までしか進んでいないうちに、米軍の体制を新システムに頼るものに変更してしまおうとしている。(ランド研究所は、もともとブッシュのために新システムの構想を立案した経緯がある)(関連記事

 膨大な予算を必要とする一方で、実際に使いものにならないかもしれないと疑われている未来型戦闘システムの状況は、ブッシュの米軍ハイテク化戦略のもう一つの柱であるミサイル防衛システムと同じである。ブッシュは、ミサイル防衛計画でも、実証実験が何回も失敗しているにもかかわらず、無理やりに実用段階に入ろうとしている。いずれも、うまくいくはずがないと思える。(関連記事その1その2

 このままだと、膨大な予算を何年もつぎ込み、従来型の世界の米軍基地を大幅縮小した後で、未来型戦闘システムやミサイル防衛システムが実は役に立たないと分かるという展開になるかもしれない。ブッシュが頑固に「軍のハイテク化さえ成功すれば、アメリカは永遠に世界を支配できる」という幻想を抱き続けていることが、米軍の力を自滅的に落としかねない状況になっている。

▼ネオコンがアメリカを自滅させる

 ここで思い出すのは、ブッシュの頑固な幻想のもとになっている米軍のハイテク化戦略を作ったのは、ネオコンだという点である。ネオコンは「ハイテク化」と「イラク侵攻」という、少なくとも2つの幻想を、ブッシュに信じ込ませている。イラク戦争は泥沼化して米軍と米財政に巨大な打撃を与え、ネオコンは外されたが、残る「ハイテク化」の幻想は、まだブッシュに取り付いており、さらなる打撃を米軍と米財政に対して与えようとしている。

 このままだと、アメリカは自滅して世界は多極化する。やはり、ネオコンは「隠れ多極主義者」であるというのが、私の変わらぬ仮説である。5月初旬にドイツで行われた今年のビルダーバーグ会議(今後の世界をどう取り仕切るかを考える欧米人だけの会議)にも、相変わらずリチャード・パール、ポール・ウォルフォウィッツ、マイケル・レディーン、ウィリアム・ルティといったネオコン系の人々が呼ばれている。(関連記事

(ビルダーバーグ会議については過去の記事を参照。余談だが、今年のビルダーバーグ会議では、パレスチナとイスラエルからも人が呼ばれており、パレスチナ国家を建設するか、それとも西岸をヨルダンに、ガザをエジプトに吸収させて終わりにするか、といった問題が裏で検討された可能性がある)



●関連記事



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ