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不利になる日本外交

2005年9月30日  田中 宇

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 9月19日、北朝鮮の核問題をめぐる6カ国協議で共同声明が出され、アメリカと北朝鮮は敵対関係を解消するとともに、中国と韓国が北朝鮮経済をテコ入れすることで北の国家崩壊を防ぐという方向性が定まった。(関連記事)

 この決定を受けて北朝鮮政府が最初に決めたことの一つは、北朝鮮が「国際機関」から受け取っている食糧支援を今年いっぱいで打ち切ることだった。この決定を聞いてあわてたのは国連やその傘下の国際機関の方で、WFP(世界食糧計画)などは、北朝鮮に関与する名目を「食糧支援」から「経済発展支援」に変えて、北朝鮮に置いた拠点を維持しようと検討している。(関連記事)

 北朝鮮が「食糧事情は改善しているので、国際支援はもう要らない」と宣言したのに対し、国際機関の方は「いやいや、北朝鮮はまだ飢餓がひどいので支援する必要がある」と言っている。「朝鮮民族は誇りが高いので、欧米から施し物を受け取り続けることを嫌がっているのだろう」という説明も読んだが、実のところは、欧米系の支援団体の中には、支援の名目でスパイや国内政情の不安定化を煽っている勢力がおり、北朝鮮側はそれを嫌がり、今後は中韓からのテコ入れが増えそうなので、この機会に出ていってもらおうということだろう。

(北朝鮮は各国際機関に直接撤退を要請してきていないので、出ていってくれというのは、欧米との関係を自らに有利なように再編しようという北朝鮮側の口だけの作戦かもしれないが)

 欧米側は、北朝鮮の内部事情を知る機会を失いたくないので「まだ飢餓がある」と言っているのだと思われる。日本では「国際機関」とか「国際支援」といった言葉が「素晴らしいもの」「良いこと」と同義語になっているが、それは表側だけしか見ていない。欧米の国際支援は、植民地支配の手法がバージョンアップしたものという側面がある。貧しい子供の顔が大写しになっているような、国際支援系のポスターのイメージに騙されてはいけない。(これは、子供の顔を写すフォトジャーナリズムという業界が、根本的なところで偽善を抱えていることも意味している)

 数年前から北朝鮮に関しては「今年も飢餓がひどい」という記事が毎年出ていたが、これらも、支援を契機に北朝鮮に入り込みたい欧米側と、支援物資だけもらって入り込みを防ごうとする北朝鮮側の両方の思惑の上に、歪曲がかなり混じっていたのかもしれない。

 大したことのない被害を、凄惨なイメージに変えてしまうことは、アメリカのマスコミの得意とするところだ。たとえば先日のハリケーン「カトリーナ」の被害や騒動について、アメリカのマスコミは「ニューオリンズは暴徒が支配している」「避難所で殺人や強姦が頻発している」といった凄惨な報道を流したが、これらはほとんど間違いだったことが分かっている。(関連記事)

 これらの誤報はマスコミの過失ではなく、故意に凄惨なイメージを流し「軍が介入しないと大変だ」という状態にしたい連邦政府の思惑に合致したプロパガンダ戦略だったと思われる。今や(アメリカの)マスコミにとって「事実」とは政治的な判断によってどのようにでも曲げられるものになっている。(関連記事)

▼南北朝鮮の統一はドイツ型ではなく中国型

 北朝鮮が欧米からの食糧支援を断ったことに象徴されるように、先日の6カ国協議を機に、北朝鮮との関係を扱う中心勢力は、欧米から中国・韓国に移っている。韓国は、北朝鮮との緊張関係の緩和に歩調を合わせ、韓国軍の兵力を今後3年間で25%減らす方針を決めた。南北の国境である38度線の警備にロボット兵器を導入するなどして人員を削減する構想も出ている。(関連記事その1その2)

 公式には、これらの計画は「兵器のハイテク化、精鋭化」の結果であり、武力の縮小ではないと韓国政府は説明しているが、これはアメリカ国防総省の世界的な軍事再編に対する言い方を真似したものだろう。「縮小」だと正直に言うと、敵味方双方から攻撃されるので、強化すると言いながら縮小するやり方である。(関連記事)

 ヘラルドトリビューン紙には「北朝鮮と韓国は、東の社会主義経済を破壊して西の資本主義に統合させた東西ドイツ型の統一ではなく、社会主義の体制を改革開放によって少しずつ資本主義に近づけていった中国型(香港・深セン型)の統一が望ましい」と主張する記事(Modeling Korean unification)も出た。ドイツは、東独の経済損失を10年以上にわたって西独が負担させられているが、中国型は損失が出ないので金がかからないと分析している。

 すでに昨年後半から、中国企業が北朝鮮の国有企業を民営化して経営の一部を請け負ったり、韓国政府の肝いりで北朝鮮の開城市に工業団地が作られて韓国企業が進出したりして、かなり経済の開放政策が進んでいる。今後の北朝鮮が崩壊するとしたら、その理由は、もはやアメリカなどとの戦争勃発ではなく、経済改革が失敗して内政が混乱し、政権崩壊することが最大の懸念となっている。(関連記事)

▼拉致問題にふたをして日朝国交正常化?

 先日の6カ国協議で、北朝鮮問題の解決を主導する役割がアメリカから中国・韓国へと移転する傾向が強まったことは、日本にとって不利なことだ。ここ1−2年間に、韓国はアメリカとの距離を置き中国に接近し、ロシアと中国の間も親密になった結果、6カ国協議は、北朝鮮に比較的寛容な中国、韓国、ロシアという「非米同盟」と、北朝鮮を敵視する度合いが強いアメリカ、日本という2つの陣営に分裂しており、アメリカを批判せず味方しているのは日本だけになっている。

 先日の6カ国協議では、北朝鮮が満足できる和解案を中国が作ってアメリカに承諾させた。アメリカの外交的な裁量はかなり低下している。そのあおりで日本も、共同声明で北朝鮮との国交正常化に努力すると約束する一方で「拉致問題は解決済みだ」とする北朝鮮側の主張を黙認しないと国交正常化交渉を進められないという不利な立場に置かれている。(関連記事)

 2002年に平壌を訪れて日朝国交正常化交渉を進めかけた小泉首相は、自分が首相の間に日朝国交締結にこぎ着けて歴史に名を残したいという野心を今も持っていると推測されるが、その野心を満たすには、拉致問題に何らかのふたをして交渉を進展させねばならない。これまで日本政府はマスコミが拉致問題で大々的な報道を続けるように仕掛け、その結果日本の世論は、拉致問題が厳密に解決されない限り北朝鮮を許さないという感じになっており、今さら小泉首相が方向転換したくても、簡単には落としどころが作れないようになっている。(関連記事)

 また、北朝鮮と中国、韓国が外交関係を緊密化させている中で、中国、韓国との関係が悪い日本が、北朝鮮との関係だけ改善させることは難しい。まず中国や韓国との関係を戦略的なものに格上げした上で、北朝鮮の経済改革に日本も協力することを通じ、日本と中韓朝の全体の関係を緊密化することがスムーズなやり方である。しかし実際には、中国の軍備拡張が続く中、日本は中国を「仮想敵」として指定する方向の国策を進めており、日中関係が改善する見通しは、今のところ低い。(関連記事)

▼日本に断られて反日を続けた中国

 日中関係は昨年、終戦60周年の今年、ドイツとロシアが関係改善をはかったのと並行して日本と中国も関係を改善しようと、中国が日本に接近したが、小泉首相が靖国参拝問題にこだわることを通じ、中国からの誘いを断るシグナルを送り続けたため、独露型の関係改善はできなかった。日本側は、中国の誘いに乗ると日米関係最重視の国是にひびが入りかねないと考えたのだろうが、その結果、中国は今年の一年間「戦勝60周年」の宣伝をやり続け、自国民の反日感情を扇動した。(関連記事)

 中国共産党は「抗日」を出発点としており、日本に対する戦勝を宣伝することは、共産党の支配を正統化し、国内世論が反共産党の方向に動くことを抑制する効果がある。中国軍内には、潜水艦の出没など、日本に対して好戦的な態度をとる勢力がいるが、その背景には、潜水艦の出没などによって日本の世論が中国嫌いになるほど、中国の世論も反日になり、その反日感情が共産党政権の維持にプラスに働くというメカニズムがありそうだ。

 その一方で、中国の胡錦涛政権は、もし日本が対米従属一辺倒の政策をやめ、アメリカからある程度自立して、中国とも戦略的な関係を結んでくれるなら、それはアメリカのアジア支配を弱めることができるので、その場合は中国国内での反日宣伝を縮小しても良いと考えていたのではないか。独露の接近に歩調を合わせ、終戦60周年の節目である今年、日中が「過去の対立を越えて親密になる」と宣言することでそれを実現しようとして、昨年から今年の初めにかけて日本に接近したのだろう。

 しかし、対米従属を至上の国是と考える小泉政権は、それに乗らなかった。中国共産党は、今年の終戦(戦勝)60周年を、日本と和解して日中でアジア共同体を作る節目の年にすることをやめ、従前通りの「悪い日本を退治した英雄的な共産党」という抗日戦勝宣伝が繰り広げられることになった。

▼空洞化する日米軍事同盟

 日本は、中国からの誘いに乗らなかった代わりに、アメリカとの関係を強化し、対米従属度を強める方向に動いた。この戦略に沿うなら、強いアメリカに頼れる限り、中韓朝との関係改善などしなくて良いということになる。しかし、アメリカがイラクで軍事的に自滅し、財政赤字の増大によって経済的にも自滅する道を突き進み、外交的にも6カ国協議で大譲歩せざるをえなくなっているのを見ると、対米従属一辺倒の日本の戦略は、失敗色が濃厚になってきていると感じられる。(関連記事)

 日米は、東京の米軍横田基地に、日米空軍の統合司令部を新設する構想をまとめている。この構想からは一見、日米の軍事同盟が強化されているように見える。(関連記事)

 しかし、その一方でアメリカは、戦後ずっと日本に駐留し、在日米軍の司令部として機能してきた第5空軍の拠点を、昨年、横田基地からグアム島に移した。これは「アメリカから遠い基地を整理し、近い基地に統合する」という世界的な米軍再編の一環だったが、日米軍事同盟を強化したい日本政府としては「在日米軍」の司令部が日本国内からなくなるのは困る。そこで、代わりに日米空軍の統合司令部を横田基地に置くことをアメリカに提案した。それが今回の統合司令部の新設である。(関連記事)

 アメリカは、日本に司令部を置き続けることは米軍再編の原則から外れているので、統合司令部の新設には消極的で、日本の自衛隊が得た日本周辺の軍事情報を米軍にくれるだけでよいと主張した。だが日本政府は、それでは日米同盟が強化されているということにならないので、かたちだけでも統合司令部を置いてくれとアメリカに頼み、設置にこぎ着けた。日米軍事同盟は、対米従属を続けたい日本側の希望で維持されているもので、内実はかなり空洞化している。

 アメリカは中東では、イランとの敵対関係を急速に強めている。以前の記事にも書いたが、米英などが「イランは核兵器を開発している」と非難しているのは濡れ衣であり、イラン政府は怒り、国連の査察を拒否する姿勢を強めている。このままいくと、アメリカは「外交的な解決ができない以上、軍事的に解決するしかない」と主張し、イランに空爆などを加えかねない。

 イラン側は、米軍にやられる前に消耗させておこうと、隣国イラク南部のゲリラに対する支援を強化しているふしがある。イランとイラク南部の人々は同じシーア派イスラム教徒であり、巡礼などを通じて以前から密接な関係にある。イランが支援を強めた分、イラクのゲリラは米英軍への攻撃を強め、そろそろ撤退モードに入ろうと考えていた米英政府の構想は先送りされ、泥沼状態に逆戻りしている。

 つまり、米英とイランとは、宣戦布告もしないまま、イラク南部において、すでに戦争を開始しており、米英軍はイラン・イラク連合ゲリラ軍との泥沼の戦争に突入している。イランと米英とは、今後さらに敵対関係を強めると予測されるので、この戦争は長引きそうである。

 その分、米軍は疲弊を強め、アジアでの軍事展開をますます縮小せざるを得ない。日米や米韓の軍事同盟関係は、ますます空洞化していくと予測される。日米軍事同盟は、日本側が維持を強く希望しているので空洞化しつつも形式上は維持されるだろうが、米韓軍事同盟は、韓国と北朝鮮の関係改善が進めば、どこかの時点で形式的にも解消される可能性が強まる。

 頼みの綱のアメリカに余裕がなくなり、外交的に不利になってきた日本は、今後どうすればいいのだろうか。次回はそれを考えてみる。

【続く】




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