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ネオコンと多極化の本質

2006年3月31日   田中 宇

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 アメリカの政界では、今秋の中間選挙も始まらないうちに、2008年の大統領選挙に向けた話が出始めている。民主・共和両党から、立候補しそうな何人かの名前が取り沙汰されているが、今のところ比較的有力に見えるのは、民主党が上院議員で前大統領の妻のヒラリー・クリントン、共和党が国務長官のコンドリーサ・ライスである。08年の大統領選挙は、米史上初の女性どうしの戦いになるかもしれない。

(ほかに立候補しそうな人々としては、共和党では00年の選挙の共和党予備選挙でブッシュに破れた上院議員でジョン・マケイン、民主党では上院議員のトム・ダシュルらの名前が挙がっている)(関連記事その1その2

 最有力のヒラリー・クリントン(以下、夫のクリントン前大統領との混同を避けるためヒラリーと呼ぶ)とライスには、女性だということ以外にも重要な共通点がある。2人とも、ネオコン(新保守主義)の勢力から支持され、非常に外交姿勢が強硬であることだ。

▼現実を無視して「イラクはうまくいっている」

 ネオコンは「アメリカは、中東などの独裁政権を、軍事力で潰して強制的に民主化していくべきだ」ということを1990年代の初めから主張していた学者や政治活動家の集団で、1期目のブッシュ政権に、ウォルフォウィッツ国防副長官やボルトン国務次官などが入り、911後の有事を利用して、イラク侵攻や「悪の枢軸」「中東民主化」などのブッシュ政権の基本方針を定めた。ネオコンの多くはユダヤ系で、イスラエルの右派政党リクードの中の右派勢力(パレスチナ占領地で入植地を拡大している勢力)と親しいとされている。(関連記事

 米軍のイラク占領が泥沼化した後、ネオコンは国防副長官や国務次官などの職を解かれたが、その後もネオコンは政権外から「イラク占領は失敗しておらず、時間はかかるがうまくいく」「(イラクの政権転覆が実現したので、次は)イランが最大の脅威であるから、イランを攻めて政権転覆を実現すべきだ」といった主張を展開している。政権内のブッシュ大統領やライス国務長官らも、ネオコンと同じ主張を繰り返しており、ブッシュ政権は今でも1期目にネオコンが定めた方針の上を走っているといえる。

 3月中旬、バクダッド近郊の町で、米軍が一般市民の住宅から銃声が聞こえたという名目で、その住宅を襲撃して居間で銃を乱射し、一家11人を殺害し、他の負傷者を放置して立ち去る事件が発覚した。ほぼ同時期には、バグダッド近郊のモスクで、礼拝中の人々に対して米軍が乱射し、22人が殺される事件も起きており、イラクの占領は全くうまくいっていない。(関連記事その1その2

 イラクの大半の地域は、各派の反米ゲリラ勢力が支配しており、米軍の統治が及んでいない。ネオコンやブッシュ政権の「イラクはうまくいっている」という発言は、現実を故意に無視している。ネオコンやブッシュは、イラク侵攻を起こした張本人たちであるから、現実を無視した発言を繰り返すのは、政治生命を維持するための詭弁なのだろう。

▼ネオコンそのもののヒラリー

 ここで非常に奇妙なのは、野党民主党を率いて大統領になろうと意気込んでいるヒラリーが「イラクは失敗だ」と言って与党のブッシュを批判することをやらず、逆に「イラクはうまくいっている」と、ブッシュやネオコンと同じ発言を繰り返していることである。

 しかもヒラリーは最近、ネオコンの一人であるマーシャル・ウィットマン(Marshall Wittmann)を政策顧問に据えた。ウィットマンは、以前は「世界革命」を求めるトロツキー系共産主義の国際左翼運動に参加していたが、1980年代に右派に転向してレーガン政権に協力し、その後はキリスト教原理主義組織(Christian Coalition)の政治担当責任者になった。その後2000年の大統領選挙で共和党のマケイン候補の顧問になり、さらに今回民主党に再転向し、ヒラリーの顧問になった。(関連記事

 トロツキスト出身で、レーガン政権時代に右派に転向し、その後はキリスト教原理主義に接近しつつ、民主党・共和党を問わずネオコンの方針を実現してくれそうな政治家を支援する、というウィットマンがたどってきた経歴は、他の主要なネオコンにも共通する経歴である。ウィットマンという名前からしてユダヤ系のようなので、彼は典型的なネオコンであると考えられる。(関連記事

 政策顧問にネオコンを迎え入れるほどなので、ヒラリーの主張はネオコンそのものである。イランの「核疑惑」に対しては「外交的に解決した方が良いが、軍事的解決(侵攻)を選択肢から外すべきではない」と主張している。侵攻の可能性を明言している限り、イラン側は「自衛のための核武装」という選択肢を捨てるはずがなく、外交交渉が妥結する可能性はゼロである。つまりヒラリーはイランに侵攻したいと言っているのと同じである。ブッシュ政権がイランに軍事侵攻しないまま任期を終えたとしても、次にヒラリーが大統領になったら、彼女の任期中にイラン侵攻が行われる可能性が高い。

 またヒラリーは、大統領への野望をふくらませるのと同じタイミングで、イスラエルに対して非常に親密な態度をとるようになっており「イスラエルにとって危険なので、イランを潰すべきだ」と主張しつつ、イスラエルを何度も訪問したり、イスラエル系の団体の会合で講演したりしている。

 ネオコンは、どうしてもイランに対しては軍事侵攻をやりたい構えである一方、中国やロシアといった大国に対しては「脅威」と見なしているものの「イラン包囲網を作るためには、中国やロシアに対して寛容な態度を採る必要がある」と主張している。これは、ユーラシア大陸における中国とロシアの台頭を許している点で、ネオコンが多極主義者的な傾向を持っていることを示しているが、ヒラリーも「イランの脅威に対抗するには、中国やロシアを宥和する必要がある」と述べている。

▼民主党もみんなネオコン的

「イラク占領は成功している」「イランは武力攻撃によって潰すべき」「アメリカにとってイスラエルは非常に大切だ」「ロシアや中国はライバルだが、テロ戦争の上では宥和策を採る必要がある」といったヒラリーの主張を並べてみると、一つ気づく顕著な点がある。これらの主張はいずれも、ブッシュ大統領、それから次期大統領選でヒラリーのライバルになるかもしれないライス国務長官の主張にそっくりだということである。

 ヒラリーはブッシュ政権について「イランに対してもっと急いで強硬策を採るべきだ」と批判しており、まるで「私の方が、ブッシュやライスより、ネオコンの方針に近いです」と主張しているかのようである。

 ヒラリーは夫のビル・クリントンが大統領だったころ、ユーゴスラビアへの空爆に消極的だった夫に反対して早期空爆を主張するなど、以前から強硬派の傾向があった。しかし、ブッシュ政権はイラク占領の失敗で支持率がひどく低下し、米国内に厭戦気運が高まっている今、民主党の候補者としては、共和党政権のイラクでの失敗を批判した方が、票集めには有利なはずである。だが、ヒラリーは逆に、ブッシュよりも強硬な路線を進んでいる。

 米民主党では、2005年の大統領選挙の候補となったジョン・ケリーも、ブッシュよりも強硬な路線を採り、加えて選挙期間中に、途中からイスラエル寄りの態度を強めていた。ジョセフ・リーバーマン上院議員など、大統領職を狙っているとおぼしき民主党の他の有力者のほとんどは、ヒラリーやブッシュに劣らず「武力による世界民主化」を主張する強硬派である。アメリカで政権をとろうと思ったら、誰であれ、親ネオコン・親イスラエルの強硬路線を採用することが不文律となっている。(関連記事

▼ライスを次期大統領に推挙するネオコン

 ネオコンは、民主党でヒラリーを応援する一方で、共和党ではライスを応援している。ウィリアム・クリストル(ウィークリー・スタンダード編集長)ら、何人かのネオコンは、チェイニー副大統領をクビにしてライスを副大統領に昇格させた後、ライスを次期大統領にすべきだと主張している。(関連記事

 ラムズフェルド国防長官を辞めさせろという要求も、ネオコンの中から根強く出ている。チェイニーとラムズフェルドは、軍事産業の代理人として政権中枢に入ってきた色彩が強く、イラク戦争開始までは軍事費の急増が実現できるためネオコンの戦略には賛成だった。だが、泥沼化した後のイラクは、軍事産業が望む利幅の大きな新型の戦闘機やミサイル、戦艦などハイテク型の軍備ではなく、歩兵関係の消耗品ばかりがかさむ戦争になった。

 米軍の陣容を維持することを重視するチェイニーやラムズフェルドは、表向きはブッシュ大統領のネオコン的な強硬路線に賛成する裏で、イラク人部隊の養成や、イラクに影響力を持つイランとの交渉を目論むなど、何とか米軍を占領の泥沼から脱却させるべく画策しているように見える。(関連記事

 これに対してネオコンは、泥沼化がひどくなっても「強制民主化」の戦線を拡大してイランにまで広げたいという方針を持っており、米軍内でネオコンの言うことを聞く特殊部隊を動かしてイラクでの内戦を煽ったり、イラク人が米軍を嫌うように仕向けるために一般市民を殺害したり、イランと交渉する構想を妨害したり、ネオコン系のマスコミにチェイニーやラムズフェルドの辞任を主張する論調を展開させたりしている。(関連記事その1その2

 イラクの泥沼化が顕著になって以来、米政府の内部からは「米軍は撤退する」「撤退しない」「イランと交渉する」「イランとは絶対に交渉しない」など、相矛盾するメッセージが発せられ続けているが、この裏には「強いアメリカ」を維持したいラムズフェルドらと、アメリカを弱体化させてまで「中東民主化」を絶対目標に掲げ続けるネオコンとの暗闘があると思われる。(関連記事その1その2

▼見えにくい米中枢の暗闘

 この暗闘の中、ブッシュ政権の高官で、最もネオコンの路線を理論的に力強く推進しているのがライス国務長官である。ライスは最近「イランは、核兵器開発以外の点でも、ヒズボラやハマスといったイスラム・テロ組織を支援しており、アメリカにとって最大の敵である」と、イランとの敵対を煽る発言を繰り返している。(関連記事

 ネオコンは、チェイニーの代わりにライスを次期大統領含みの副大統領にすべきだと主張しているのは、ライスが次期大統領になったら、アメリカはネオコン路線を持続すると予測されるからだろう。ライス自身は、今のところ次期大統領に立候補するつもりはないと表明しているが、今後の展開が注目される。

 米中枢での外交戦略をめぐる暗闘は、誰と誰の、どのような利害の対立なのか、外から見えない部分が大きい。アメリカのマスコミも暗闘に参加しているので、報道も鵜呑みにできない。しかし、最近のアメリカが世界でやっていることの不可解さについて考察していくと、どうも暗闘がありそうだという感じは、911直後からあった。

▼「イスラエルのため」になっていない

 米政界の現状は、野心のある有力者のほとんどがネオコン路線の信奉者であるが、ここで疑問なのは、なぜネオコン路線がそれほど有力なのかということである。中東各国を武力侵攻するネオコンの戦略は、民主化にはつながらず、逆に反米勢力を強め、世界におけるアメリカの影響力を低下させる自滅行為でしかないことは、すでに明白である。

 ネオコンはイスラエルのリクード右派の系統とされているし、ヒラリーもライスも親イスラエル的な発言をしているので「イスラエルがやらせているのだ」という分析をよく見る。イスラエルは、米軍を傭兵のように使い、イランやイラクといった自国にとって脅威であるイスラム諸国を次々と破壊し、二度と強い国になれないように長期の内戦に陥らせているのだ、という分析である。

 だが、現実の展開を見ると、アメリカの中東民主化戦略は、イスラエルにとって有利な結果を生んでいない。ブッシュ政権はむしろイスラエルを危険にするような行為を続けている。

 確かに、イスラエルは米政界で大きな政治力を持っている。献金力、盗聴などを駆使したスキャンダル把握力、ホロコーストやユダヤ人差別問題を使った脅しの力、親イスラエルの政治家に対して選挙で勝てるようにアイデアを出してやる政治顧問としての能力などが、その背景にある。イスラエルを嫌う素振りを見せた政治家は、次の選挙でワシントンの政界から放逐されることが多い。(関連記事

 ハーバード大学とシカゴ大学の有力教授が最近「米政界はイスラエルに牛耳られている」という主旨の論文を書き、親イスラエル勢力から攻撃を受けているが、この論文に書かれていることは事実であろう。(関連記事

 しかし、ネオコンの頑固な中東民主化戦略は、中東の人々の反米感情を強め、ハマスやヒズボラ、イスラム同胞団、イランやイラクの宗教勢力など、反米反イスラエルを掲げる勢力への支持を増大させている。

 イスラエルのシャロン前首相は、アメリカ中東民主化戦略の結果、パレスチナ、エジプト、ヨルダン、イラク、シリア、レバノンといったイスラエルの周辺地域の多くが、いずれ反米反イスラエルのイスラム主義勢力の支配下に置かれていくことを予測し、このままではイスラエルに対する攻撃も激しくなり、イスラエル国家の存続が危うくなると、イラク侵攻後のある時点で気づいたに違いない。(関連記事

 それを防ぐため、シャロンは2003年末に、ガザからの撤退を宣言し、撤退に反対する与党リクードを捨て、占領政策と決別するための新政党カディマを作った。06年初めにシャロンが倒れた後は、副首相のオルメルトが首相代行となり、ガザに加えて、エルサレム近郊をのぞくヨルダン川西岸の多くの地域からも撤退することを宣言した上で先日の総選挙に臨み、勝利して与党の座を守った。

▼ネオコンはシャロンを騙した?

 イスラエルの新戦略は、パレスチナ側との「国境」をなるべく早く確定し、その国境線に沿って防御壁を作ってパレスチナ人がイスラエル側に越境してこないようにしてテロ攻撃を防ぐとともに、イスラエルの人口の2割近くを占めるアラブ系住民をパレスチナ側に追い出すことで、イスラエルを「ユダヤ人の民主国家」として維持し、国際社会に受け入れてもらおうとする計画である。

 アラブ系住民は、ユダヤ系住民よりも出生率が高く、イスラエル国内にアラブ系を残しておくと、いずれアラブ系の人数が増え、支配的な政治力を持ちかねない。イスラエルは「ユダヤ人の国」という基本理念を保持するために「ユダヤ人はイスラエルに、アラブ人はパレスチナ人国家に住むべきだ(アラブ系住民をパレスチナ側に強制移住させるべきだ)」という方針を、しだいに強く打ち出すようになっている。

 つまり今のイスラエルは、パレスチナ人を支配して彼らの土地を少しずつ奪っていくという従来のやり方を捨て、イスラエルの領土を最小限のものにしてもいいから、大急ぎでパレスチナ・アラブ側との縁を切ろうとしている。こうした行為は、明らかにイスラエルにとって窮余の一策である。イスラエルがブッシュを操っているのなら、このような展開になるはずがない。

 むしろ、03年末にシャロンが突然に理由も述べずにガザ撤退を宣言した様子から考えると、シャロンはネオコンから「中東民主化戦略はイスラエルのためになる」と言って騙され、イラクの泥沼化が実現した後になって、はめられたことにシャロンが気づき、あわてて隔離政策に転向したように見える。

 昨年12月のパレスチナ選挙でも、ブッシュ政権はハマスをわざと勝たせるような扇動行為を行っており、ここでも、イスラエルのためという口実で、逆にイスラエルを危険にさらす行為が挙行されている。これらのことから、ネオコンは親イスラエルの勢力であるふりをして、実は反イスラエル的な勢力であると感じられる。(関連記事

▼「百年戦争」としてのネオコン戦略

 歴史をさかのぼるなら、1970年代後半からアメリカのユダヤ人が退去してイスラエルに移住して始めた、リクード右派のパレスチナ占領地における入植地運動も、30年かけてイスラエルとアラブの和解を不可能にしていくための、反イスラエル的な長期戦略だったのではないかと思えてくる(以前から私には、リクード右派の入植運動の真の目的が何なのか不可解だった)。

 さらに歴史をさかのぼると、以前の記事で書いた「イスラエルとロスチャイルドの百年戦争」がある。私が見るところ、ユダヤ人の中でもロスチャイルド家に代表される大資本家の人々は、シオニストが展開するイスラエル建国運動を嫌っていた。ロスチャイルドは、一方でイスラエル建国運動に資金をつぎ込んで協力する素振りを見せつつ、他方でイギリス政府を動かしてフランスとの中東分割や、ヨルダン建国やパレスチナ分割提案などをさせることで、新生イスラエル国家の規模を小さくすることに成功した。これはユダヤ人の内部での、民族主義者と金融資本家の戦いである。(関連記事

 こうした、ロスチャイルドに代表される大資本家たちと、シオニストとの暗闘は、イスラエル建国後も続いたと推測することができる。1970年代のアメリカでのホロコースト神話の確立や、ADLやAIPACといったイスラエル系の政治団体の強化によって、シオニストの米政界での勢力が急拡大したが、同時にアメリカからイスラエルにユダヤ系の青年活動家たちが移住し、アラブ人との敵対を扇動する入植運動を開始している。

 入植者の多くは、単にイスラエルに対して情熱的な愛国心を抱いていた若者だっただろうが、それを率いていたメイア・カハネら指導者たちは、何のために敵対を扇動したのか。敵対の扇動は、イスラエルがアラブ側と共存することを不可能にし、1995年のラビン首相暗殺によって中東和平を破壊した後、再びアメリカに飛び火してネオコンを台頭させ、911後のテロ戦争やイラク侵攻といったさらなる敵対の扇動へとつながり、最終的にはイスラエルを国家存亡の危機に陥らせている。(関連記事

「ユダヤ人は100年先を考えて戦略を練る」と言われるが、だとしたら1970年代以来の入植者からネオコンにつながるイスラエルを拠点としたイスラム世界への敵対扇動策は、実はイスラエルを破壊するための「ロスチャイルド」の側が放った長期の破壊工作だったのかもしれないと思えてくる。

 私がここで言う第二次大戦後の「ロスチャイルド」とは、ロスチャイルド家に代表されるイギリス産業革命で巨財を蓄えた大資本家たちが世界の政治経済を動かすために作ったネットワークがその後洗練され、間接支配的な存在になったものを指している。彼らは、1930年代に大英帝国が衰退し始めた後、アメリカに覇権を移動させて「国際社会」を維持したり、その後は国連を作ったりしている。米英のマスコミも、このネットワークの中にある。

 国際情勢を詳細にウォッチしていると、このような世界を動かしている黒幕的な勢力の存在を感じることが良くある。彼らの中心に具体的に誰がいるのかは私にも分からない。しかし、分からないからといって「そんなものは存在しない」と言い切るのは間違いであると私は感じている。裏の動きを推測することによってしか、今の国際情勢は読み解けない。

 ネオコンが、ロスチャイルド側の一員で、シオニスト側に送り込まれた破壊工作員だったとすると、欧米の主要な資本家ら有力者が毎年集まって非公式に開かれる「ビルダーバーグ会議」に、毎年必ずネオコンの中の数人が呼ばれ続けていることについても合点が行く。(関連記事

▼世界を多極化し、イスラエルのせいにする

 ロスチャイルド側がネオコンを通じて実現したいことは、おそらくイスラエルを潰すことだけではない。

 ブッシュ政権は、中東民主化戦略によって外交的信用力を低下させ、ロシアや中国の台頭を招いているほか、財政赤字を意識的に急拡大させる政策(レーガノミクス)を行い、貿易赤字の拡大を中国のせいにして人民元の切り上げを要求してドルの基軸通貨としての潜在力を故意に低下させ、ロシアなど産油国のアメリカ離れを誘発することで石油価格の高騰を放置し、アメリカ経済に(故意に?)悪影響を与えている。

 これらの状況を総合的に分析すると、以前から書いているように、アメリカは軍事的、外交的、経済的に衰退する傾向にあり、アメリカに代わって中国、ロシア、インドなどが台頭する国際体制の「多極化」が進むと予測される。そして、こうした多極化の動きも意図して進められているのではないか、ロスチャイルドら大資本家たちは世界の多極化を望んでいるのではないか、と私は感じている。

 以前の記事にも書いたが、資本家が世界の多極化を望むのは、おそらく、米欧日といった先進国だけでは、もはや世界経済の成長を持続し切れないからである。国際的に金融を動かしている大資本家にとって、世界は必ず経済成長を続けていなければならない。そうしないと儲けが増えず、資本の自転車操業体制が崩壊する。先進国以外の国々の経済成長を誘発するには、アメリカが欧日を従えて形成している従来のアメリカ中心の体制を壊し、世界を多極化する必要がある。これは1970年代からの傾向である。(関連記事

 アメリカ中心の世界体制を、多極化された世界体制に変えていく際に「イスラエルがアメリカを牛耳って中東民主化などという間違った政策をやらせた結果、アメリカ中心の世界体制が崩壊し、自然と世界は多極化した」というシナリオを世界の人々に信じさせることにより、ロスチャイルド的な人々は、多極化とイスラエル潰しという、かねてからやりたかった2つのことを実現する一石二鳥の結果を生もうとしているのではないか、というのが私の推察である。金融資本家の策動により、イスラエルは「悪役」をなすりつけられたのである。(関連記事

▼腐っている二大政党制

 このように見ていくと、ヒラリーやライスは「中東民主化貫徹」「イスラエル断固支持」といったネオコン路線を継承することで、実はイスラエルを潰して世界を多極化する金融資本家の策動に乗っていることになる。ヒラリーもライスも「隠れ多極主義者」というわけだ。

 アメリカは二大政党制で、それ以外の党からの立候補者はほとんど参戦できないが、この体制はアメリカを動かしている人々にとって、二大政党をおさえている限り、いくら民意から離れていても、新参者に権力を奪われる懸念がないという点で好都合だ。08年の大統領選挙で、ネオコン戦略を支持しない候補者が出てくる可能性は非常に低く、アメリカは自滅的な戦争をまだまだ続けそうである。

 また、アメリカでは2000年と04年の大統領選挙などで、選挙管理者による不正が可能だと指摘されているディボールト社製の投票機を使って、投票結果が操作された疑いがある。もし、この手法が次回の大統領選でも使われるのなら、これもアメリカの中枢部であらかじめ決められた候補者が大統領に「選出」されることにつながる。アメリカは、他国に民主主義を強制するくせに、自国の民主主義は腐っている。(関連記事

▼「石油高騰で儲けるため」は間違い

 もう一つ蛇足的な話になるが、ネオコンから次期大統領に推挙されているライス国務長官は、もともと石油産業の人(シェブロン取締役)だったため、ネオコンは石油利権の関係の勢力なのではないかという見方が出てくるかもしれない。ブッシュ家は石油利権を持っており、石油が高騰すると得をするという見方から、ブッシュはイラクに侵攻することでイラクの油田を封鎖し、石油価格の高騰を招いたのだ、という見方もある。

 しかし私が見るところ、ブッシュ政権やアメリカの石油業界は、石油価格の高騰であまり得をしていない。石油価格の高騰は欧米の大手石油会社の利益を増大させたが、それ以上に儲かっているのはサウジアラビアやロシアなどの産油国である。

 ロシアは欧米からの借金を前倒しして返し、外貨準備を急増させ、欧米の言うことを聞かなくなり、石油会社を再国有化して石油産業に投資していた欧米資本を追い出しつつある。ロシアの石油利権に対する欧米の利益は減っている。また、外貨備蓄を急増させている中国勢も、アメリカの石油利権を奪おうとする姿勢を強めており、昨年、アメリカの主要なパイプライン会社「ユノカル」の買収を試みている。

 一方、アメリカは911以降、サウジなどペルシャ湾岸諸国をテロ支援国家扱いし、オイルマネーのアメリカへの還流を制限したため、米経済に悪影響を与えている。サウジは、表向きは対米従属だが、潜在的にアメリカ離れを強めている。

 経済全体で見ると、アメリカにとって最も理想的な石油価格は1バレル20ドル台であり、今の高騰はインフレ増大や市民生活の圧迫などの面で明らかにマイナスで、ブッシュの人気下落の要因となっている。

 アメリカは従来、南米のベネズエラに対しても石油利権を持っていたが、これも米政界の強硬派がベネズエラのチャベス大統領を非難し続けたため、チャベスは反米色を強め、アメリカとの関係を切って中国や欧州に石油を売ろうとしている。(関連記事

 これらのことから総合的に判断すると、中東民主化は、石油利権の分野におけるアメリカの立場を悪化させており、石油の高騰は米経済に悪影響を与え、ブッシュにとっては得より損の方が大きい。私から見ると、アメリカ中枢の勢力が石油価格の高騰を黙認ないし誘発した可能性はある。だがそれは、ブッシュを儲けさせるためではなく、アメリカの衰退を促進し、世界の多極化を進めるためである。



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