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つぶされるCIA

2006年5月30日   田中 宇

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「ブッシュ政権の中枢で権力を握っている人々は、アメリカの軍事力や経済力を自己破壊させようとする行為を、意図的に続けているのではないか」という印象を、私は毎日アメリカの情勢をウォッチする中で、2003年のイラク侵攻の前後から持っている。

 人間は、個人としては時に自殺をしたくなったりするが、国家という大組織が、自滅的な行為を継続的、組織的に行うなどということは、常識ではあり得ないことである。小規模な独裁国家なら、独裁者の一存で異常な政策がとられることもあるが、アメリカは理性的な政治を行うための諸制度が整った大国家である。一部の高官たちがおかしなことをやっても、議会やマスコミなどが是正に入ると考えるのが自然である。

 そのような常識があるので、私は「自己破壊のように見えて、実は違うのではないか」という自問自答を繰り返しながら、アメリカの動きを見るようにしている。だが、どう見ても自己破壊だと思われる行為を、米政府は軍事、外交、経済の全分野で広範囲に展開しており、もはや破壊行為ではないと考えることの方が難しくなってきた。これまで記事にしたものの一部として、以下のケースがある。

・いずれ人権問題になると分かっていたのに、米軍が911後、グアンタナモ基地に、世界各地で捕まえたテロ容疑者を、尋問するためと称して無期限拘束していること。被拘束者を戦争捕虜とみなすなら、ジュネーブ条約に沿って扱わねばならないし、犯罪容疑者とみなすなら、容疑を確定するための裁判をせねばならない。グアンタナモでは、どちらも行われておらず、世界各国の人々の反米感情を煽っている。

・イラク占領のやり方として、イラク人をわざと怒らせるような行為を続け、反米のサドル師を支持するイラク人が増える結果を招くと分かっていながら、サドルへの攻撃を繰り返した。アブグレイブ刑務所での拷問写真の流出も起きた。当然の帰結として、イラクの人々は強い反米意識を持つに至り、米軍は占領の泥沼に陥り、撤退不能になった。(関連記事

・イラクは大量破壊兵器を持っていないと分かっていながら、大量破壊兵器の保持を理由に、イラクに侵攻し、アメリカの外交的な威信を失墜させた。同様に、イランは核兵器を開発しているという証拠がないのに、イランを攻撃しようとしている。シリアの高官がレバノンのハリリ元首相を殺したという証拠がないのに、ハリリ暗殺を理由にシリアへの攻撃を計画した。いずれも、もしアメリカが攻撃を実施した場合、後から開戦事由はウソだったことがバレて、アメリカの威信がますます失墜することになりかねない。(関連記事

・原油高騰によってロシアのプーチン政権が強化され、中央アジアなどの諸国が「アメリカよりロシアの方が頼れる」と思うようになった今ごろになって、チェイニー副大統領やライス国務長官が、さかんにプーチン批判を繰り返すようになった。プーチンを弱体化させるつもりなら、もっと早い段階で色々できたはずだが、すでにロシア政界の親米派だったオリガルヒー(新興財閥)は、すべてプーチンに退治されてしまっている。今さらの批判は、アメリカへの不信感を強めるだけだ。エネルギー源などの面でロシアとの関係を強化しているドイツなど西欧諸国は、アメリカのロシア敵視政策に冷淡になっている。(関連記事

・イラクなどで軍事費が急拡大する中で、減税を続け、しかも軍事費以外の予算の大盤振る舞いも続いており、財政赤字を故意に増やしている。

・双子の赤字によって、ドルが潜在的に弱体化する中で、本来なら外国勢にドル売りをしないでもらう防御的な政策が採られるべきなのに、米政府はそれとは正反対に、中国に対して人民元切り上げ圧力をかけるなど、アジア諸国にドル離れを促す政策を採っている。このままだとドルはいずれ下落し、基軸通貨としての地位を失う。(関連記事

 このように、アメリカを自壊させているのではないかと思われるブッシュ政権の行為は、経済、外交、軍事という「覇権」を構成する要素として重要な全分野にわたっている。(自滅したがるアメリカ

▼CIAから国防総省に移った諜報機関の中心

 私が最近、米中枢の自己破壊の動きを感じたのは、CIA長官の人事をめぐってである。5月5日、ホワイトハウスは突然、理由をはっきり述べずにCIAのポーター・ゴス長官の辞任を発表した。そして数日後、ホワイトハウスは後任の長官に、諜報分野の経歴が長い軍人のマイケル・ハイデンを指名した。ハイデンのCIA長官就任は、5月26日に議会上院で承認され、本決まりとなった。(関連記事

 この人事の意味をめぐり、アメリカの報道機関では、スキャンダルがらみであるという解説が流れた。国防総省の下請け発注をめぐってランディ・カニングハムという下院議員が賄賂を受け取ったとされる事件に、CIA高官が絡んでいたことが発覚したので、ゴスはその責任を取らされたのだという説である。しかし、私が見るところ、この説明はポイントを外している。(関連記事

 この人事のポイントは、ハイデンの就任によって、アメリカの主要な8つの諜報機関は、すべて軍人がトップに立ち、事実上、国防総省の傘下に入れられたことである。(関連記事

 敵の動向を探ったり、敵にウソの情報を流したりする諜報活動は、もともと戦争に勝つため、無意味な戦争をしないための、軍事行動の一部である。その意味では、諜報機関が国防総省の傘下にあることはおかしくないのだが、アメリカでは軍隊が政治力を持って軍事政権ができてしまうことが懸念された。

 軍に諜報分析を任せると、将軍たちに都合の良い分析結果がねつ造され、本当は負けているのに勝っているかのような分析が、最高司令官である大統領に流されかねない。このような事態を避けるため、軍隊から自立した諜報機関として、1947年にCIA(中央情報局)が作られ、DIA(国防情報局)など軍の傘下の機関も含め、すべての諜報機関をCIAが統括していた。

 ところがこの体制は、通信の傍受や盗聴などの信号分析が重要になった1970年代ごろから崩れ始めた。新設される信号関連施設のほとんどを国防総省が管轄したからである。そして、911事件の発生を機に、国防総省の政治力が急拡大し、諜報活動の中心は完全に国防総省に移った。(関連記事

▼責任をなすりつけられ「改革」させられるCIA

 以前の記事に書いたとおり、911のテロ事件の発生を許した責任の多くは、国防総省にある。たとえば、ハイジャックされた旅客機を追尾する戦闘機の発進が遅れ、なぜかワシントンDCから非常に遠い基地から戦闘機を飛ばし、ワシントンのすぐ近くにあるアンドリュー基地から戦闘機が飛び立ったのは、国防総省本部に旅客機が突っ込んだ後だった。

(最近、国防総省が発表した911当日のビデオ映像を分析した人々からは、突っ込んだのは旅客機ではなく翼のついたミサイルだったという説が出てきている。国防総省本部では、重要人物の部屋はすべて東側にあり、突っ込まれたのは西側だったことも「自作自演」説を活気づけている)(関連記事

 本来なら、国防総省の責任が問われるところだが、アメリカのマスコミは「CIAがアルカイダの動きをキャッチできなかったのが悪い」という報道に徹し、国防総省の責任はほとんど問われなかった。実はCIAは911の前に、何度かブッシュ大統領に対して「テロが起きそうだ」と報告しているのだが、そのたびにホワイトハウスの国防総省系の勢力(ネオコンなど)から「何日の何時にテロが起きるのかが明確でないと話にならない」などと反論され、軽視されていた。(関連記事

 911後、国防総省は急に権力を拡大したが、軍人の権力が拡大したのではない。米軍の最上層部にいるのは、軍人ではなく、大統領が指名し、議会が承認した文民たちである。ブッシュ政権の文民高官の中で、諜報をいじることに最も積極的だったのが、ウォルフォウィッツ前国防副長官、リビー前副大統領補佐官らの「ネオコン」の人々で、彼らは2003年のイラク侵攻に際して、イラクが本当は持っていなかった大量破壊兵器を「持っている」ことにする歪曲した諜報分析を作り、これをマスコミに大々的に報道させ、イラク侵攻を実現した。

 ところがその後、イラク占領が泥沼化し、実はイラクは大量破壊兵器を持っていなかったという事実が確定するに至って、アメリカのマスコミでは「CIAの諜報がしっかりしていたら、イラクが大量破壊兵器に関する間違いは起きなかった」という批判が、またもや出てきた。

 イラク侵攻前、CIAは、イラクの大量破壊兵器について「持っていないかもしれない」という分析を出したが、ネオコンは「持っていないかもしれないということは、持っている可能性があるということであり、イラクがアメリカにとって危険な存在であることには変わりない」として「先制攻撃」を主張し、それがブッシュ政権の方針となった。

 本当は、CIAの分析が正しく、ネオコンの主張に大間違いがあったのだが、マスコミや議会ではそのような話にはならず、911でもイラクでも失敗したCIAは「改革」が必要だという話になった。(政府機関に対する「改革」が、実はその機関をつぶしたい別の勢力による破壊行為だと感じられるケースは日本にもある)

▼マスコミ操作をめぐる戦い

 アメリカのマスコミが、国防総省のCIA潰しに荷担する結果になったのは、マスコミが「有事」に弱い体質を持っているからだ。アメリカ(や日欧)のマスコミは、平時には「公正な報道」や「社会の木鐸」を重視するが、戦時(有事)になると、この理想は消滅し、代わりに政府の戦争プロパガンダを流すことが「愛国的任務」となる。マスコミの、この二面性は、アメリカでは19世紀末の米西戦争以来続いている。

 国防総省は911以来「テロ戦争」という有事体制を主導している。アメリカのマスコミは、この有事体制下で、国防総省が流してくる情報を鵜呑みにして報じる状態を続けている。イラク侵攻前に、アメリカの主要マスコミが「フセイン政権は大量破壊兵器を持っている(に決まっている)」という間違った報道に走ったのも、その一例である。こうした状況下で、国防総省は、自分たちに向けられるべき911やイラク侵攻での失敗の責任追及の矛先を、CIAに向けさせることに成功した。

 CIAも、マスコミ操作のノウハウは持っているが、911とその後のテロ戦争、イラク侵攻などは、すべて国防総省の主導で行われたため、CIAは守勢に立たされ、プロパガンダ戦争において国防総省に破れた。その挙げ句にすべての責任を背負わされ「改革」のメスを入れられることになった。

▼CIAから大統領への報告ルートを閉ざす「改革」

 CIAに対する「改革」(という名の破壊)の第1弾は、2005年2月に実施された。それまで、アメリカの諜報機関がまとめた分析結果は、いったんCIAに集められ、CIA長官が大統領に報告する形式をとっていた。だが「改革」によって、ホワイトハウスに「国家情報長官」(national intelligence director)という新しいポストが作られ、CIAはこの長官に報告し、長官が大統領に報告する形式になった。「改革」の結果、CIA長官が直接大統領に話をすることができなくなった。

 初代の国家情報長官には、ジョン・ネグロポンテが選ばれた。彼はレーガン政権の1980年代から国防総省の秘密作戦計画を立てていたネオコン系(タカ派)の人物で、レーガン政権内部のタカ派が現実派(国際協調派)との暗闘に負けて追い出された1986年の「イラン・コントラ事件」で有罪になり、失脚したが、その後、パパブッシュによって恩赦された経歴を持つ。「改革」によって、CIAと大統領との間に、国防総省系のネグロポンテが割って入ることになり、CIAの意見は大統領に届きにくくなり、政権内で疎外される傾向が強まった。(関連記事

 ネグロポンテの就任から1年半後の今年5月、すでに書いたように、CIA長官がゴスからハイデンに交代することになった。これがCIAに対する「改革」(という名の破壊)の第2弾である。ハイデンは、ネグロポンテの側近として働いてきた国防総省の将軍である。CIAは、大統領への報告ルートを閉ざされた挙げ句、長官に国防総省タカ派系の人間を送り込まれ、完全に国防総省に抑え込まれることになった。

 とはいえ「CIAが国防総省とのなわばり争いに完敗した」というポイントは、この人事の持つ意味として最重要の点ではない。最も重要なことは、ハイデンが「壊し屋」だということである。

 ハイデンは1999年から2005年まで、敵国やテロ容疑者などが使う電話や電子メールなどの信号を傍受(盗聴)して分析する諜報機関「国家安全保障局」(NSA)の長官をしていたが、ハイデンは長官だった時代に、NSAの信号データベースや、集めた信号の中から、有益なものを選別するプログラムの技術改革を実施して失敗し、その結果NSAのシステムは、重要な情報と無価値な情報を選別する機能を事実上失ってしまった。

 ブッシュ政権の「テロ戦争」では、NSAが行っている信号傍受が、テロリストどうしの連絡を傍受してテロの阻止につなげることが重要だとされているが、実はNSAの能力は911の前後に、かなり低下させられてしまった。

▼NSAをつぶしたハイデンがCIAにやってきた

 NSAでハイデンが挙行して失敗した「技術改革」の一つは「Trailblazer」という、信号収集のための新システムを12億ドルかけて作るもので、このシステムが機能しないため、NSAは「音は聞こえるが、意味が分からない状態」になっていると批判されている。

 ハイデンが失敗したもう一つのケースは「Groundbreaker」と呼ばれる、20億ドルのシステムのハードウェアの向上計画で、これは当初予算の2倍の40億ドルがかかり、まだ完成していない。NSA内部の会計処理をするシステムも、改定に失敗した結果、どのプロジェクトにいくら使ったかも分からない状態になっている。(関連記事

 この説明だけでは、奇妙な失敗話として受け取られて終わるだろうが、私がこの話を読んでピンときたのは、国防総省の他のプロジェクトの中にも「当初予算の何倍も金がかかっているのに、ろくなものができていない」「会計システムに不具合があるので、何にいくら使ったか分からない」というケースがいくつもあるからだ。それについては、以前の記事「ブッシュの米軍再編の理想と幻想」「米軍の裏金と永遠のテロ戦争」などに書いたとおりである。(関連記事

 アメリカのユダヤ人社会を代表する雑誌「フォワード」も最近、国防総省の非効率さや腐敗的な状態について、厳しい批判記事を書いている。国防総省は、まさにアメリカの軍事力を自滅させている。

 こうした重過失的な失敗例がたくさんあることから出てくる疑問は「国防総省やホワイトハウスの高官たちは、非常に無能だから何度も同じような失敗をするのか、それとも故意に失敗しているのか」ということである。アメリカの高官たちは、そうそうたる学歴と職歴の持ち主ばかりで、無能だから失敗を繰り返すのだとは思えない。

 そう考えると、ハイデンがNSA長官として行った「失策」は、うまくやろうと思ったのに失敗したのではなく、故意にNSAの機能を潰したのであり、これからCIA長官になったら、こんどはCIAの機能を潰しにかかるのではないか、と推測される。ハイデンを長官に迎えるにあたって「もうCIAは終わりだ」という声がCIA内部から出ていると報じられている。(関連記事

 ハイデンをCIA長官就任を阻止するため、CIAの側は対抗策を打った。ハイデンはNSA長官時代に「テロ対策」の名目で、電話会社が持っている米国民数百万人分の電話の記録を閲覧し、国民に対する広範囲なプライバシー侵害という違法行為を行った、という情報がマスコミにリークされ、問題になった。しかし、ブッシュ大統領がハイデンの行為を「違法ではない」と擁護し、議会も大して問題にせず、このスキャンダルは短期間で消えつつある。(関連記事

▼攪乱のためのウソではなく、故意の失策

 軍事の世界には「本当は軍事技術の開発に成功しているのに、失敗したというニセの情報を外部に流すことで、敵方を攪乱する」という諜報作戦が存在する。ハイデンがNSAのシステムを壊してしまったという話を、国防総省による攪乱作戦の一つであると見ることもできるが、私がこの見方を採らないのは、NSAがシステム開発に失敗した件は議会で問題になり、NSAの下請け企業の選定に問題があったとして、下請け企業の選定権限が上部機関の国防総省に移管されたという経緯があるからだ。NSAのシステム開発が失敗したというのが、攪乱のためのウソ情報であるなら、議会で長期にわたり真剣に対策が検討されるという経緯にはならないはずだ。

 国防総省の乱脈経理と、巨額の資金を投じたのに予定どおりの兵器が開発されていないことは、米議会の会計検査院(GAO)が以前から何度も警告を発して報告書を作っている。全体として、攪乱のためのウソではなく、本物の危機であると感じられる。(関連記事

 911事件は、国防総省が常識的なやり方で戦闘機を緊急発進させていれば、ハイジャック機のビル突入を防げたという点で、国防総省の「故意の失策」であると感じられる。

 軍事費の急増は、財政赤字の拡大の主因となり、経済的にアメリカを破綻に近づけている。911後の国防総省の動きは、アメリカを、軍事的、外交的、経済的に、破綻に近づけている。私には、この動きは、ブッシュやチェイニーが馬鹿だから起きたのではなく、むしろ逆に、頭の良い人々による、巧妙かつ広範囲な、システマチックな自国を破滅させる戦略として遂行されているように感じられる。

 歴史的にも、タカ派的な軍事行動で、財政赤字を急増させる行為は、911後の現在が始めてではなく、1980年のレーガン政権時代にも行われている。今は副大統領のチェイニーは、当時は国防長官で、その下にネグロポンテや、リチャード・パールなどのネオコンがおり、今と同じ布陣だった。米中枢における自滅作戦は、少なくとも20年の歴史を持っていることになる。(関連記事

(もっと前には、1960年代のベトナム戦争でも、米軍は下手な作戦をやり続け、戦況を泥沼化させている。これも自滅作戦だった可能性がある。イラク占領の泥沼化は、ベトナム方式のコピーであると感じられる部分が多い)(関連記事

 今秋の米議会の中間選挙では、共和党が負けて議会与党の座を民主党に奪われるのではないかと予測されているが、たとえ民主党が強くなっても、民主党の主力政治家の多くはブッシュに負けないタカ派支持だから、二大政党のどちらが与党になっても、今後数年は、アメリカの自滅的なタカ派戦略が続くことが予想される。今の速度でアメリカが自壊的な行為を続ければ、次期大統領の任期が終わる2012年には、アメリカはすっかり衰退した感じの国になっているだろう。(関連記事

 CIAのような、国際情勢に対する諜報機関は、外国に対して政治的な影響力を行使する国(覇権国)には不可欠な存在である。戦後の日本は、外国に対して政治的な影響力を行使する気が全くない国として存在してきたため、諜報機関は不要だった。反面、アメリカのような大覇権国を自負する国には、強く優秀な諜報機関が不可欠である。CIAの弱体化は、アメリカの覇権失墜につながる。

 CIA自身、自らの運命を予告するかのように、今後15年以内にアメリカの覇権は終わりそうだと予測する報告書を、昨年初めにまとめている。(関連記事

▼レーガン時代の「失敗」を繰り返さないための911

 CIA長官をゴスからハイデンに交代させることをブッシュに決めさせたのは「外交情報顧問評議会」(President's Foreign Intelligence Advisory Board、PFIAB)という、大統領の諮問機関であると報じられている。(関連記事

 この諮問機関は、軍のOBや、巨額の政治献金をした財界人などで構成され、アメリカが採るべき軍事や諜報の戦略について大統領に提案する役目を持っている。大統領に対する影響力の大きさゆえ、以前から、政権中枢での権力闘争があるたびに、PFIABを使った策動が行われてきた。

 前回、PFIABが政権中枢の権力闘争の場になったのは、レーガン政権時代の1986年に起きたイラン・コントラ事件の時である。すでに書いたように、レーガン政権は政権中枢にネオコンら「自己破壊派」を入れてしまったため、1期目(1981−84年)は、財政赤字の急拡大、レバノン侵攻での軍事的泥沼化(途中で撤退し、大事にはならなかった)など、今のブッシュ政権と似たような自滅の道をたどりかけた。

 しかし、当時はまだ政権内の主流派(中道派、現実主義派)が強かった。主流派は、レーガン政権の2期目に入って破壊派の追放に乗り出した。その際の口実に使われたスキャンダルが、イラン・コントラ事件だった。このスキャンダルは、CIAが政権内を内偵し、ネグロポンテら破壊派をあぶり出した。

 このとき、PFIABは、大統領にスキャンダルの拡大を止めるよう圧力をかけたが、政権1期目で破壊派に乗せられて自国を潰しかけた経験を持つレーガンは、むしろPFIABのメンバーの中で破壊派とつながっていると思われる半数を辞任させた。イラン・コントラ事件は、CIAと主流派が大統領を抱き込み、破壊派を潰したという意味がある。

 911後の展開は、これとは正反対の動きになった。ブッシュ大統領はレーガンの時とは異なり、2期目に入っても破壊派に乗せられたままで、ネグロポンテが仕返しのようにCIAを疎外し、PFIABも破壊派の一部となってCIA潰しの人事をやっている。

 今と、レーガン時代との違いは、911事件によって有事体制が作られ、議会民主主義やマスコミが事実上機能停止し、平時なら阻止される破壊派の策動が、簡単に通ってしまう状態が続いている点である。先に911があり、その後で破壊行為が展開されているため、レーガン時代には途中で阻止された破壊行為が、今回は止まらずに続いている。

 破壊派にとって911は、レーガン時代の「失敗」を繰り返さないために先行的に起きた事件である。911は、破壊派によるクーデターのようなものだったと考えられる。

▼自滅戦略に楯突く者は罷免

 PFIABの座長をしているスティーブン・フリードマンは、大手投資銀行のゴールドマンサックスの首脳だった人で、今年初めにPFIABの座長になる前は、大統領経済顧問を務めていた。フリードマンは2002年12月に大統領経済顧問になったが、前任の経済顧問だったラリー・リンゼーは、ブッシュ政権が検討していたイラク侵攻について、2000億ドルという巨額の戦費がかかるので挙行すべきでないと大統領に進言したことがもとで、辞めさせられている。(関連記事

 実際には、イラク戦争にはすでに4000億ドル前後(間接的な費用を含めると1兆ドル以上)の金がかかっており、実はリンゼーの試算は少な目だったのだが、911以来、政権内で支配的な力を持っている自滅派は、大統領に対して正鵠をうがった忠告をするリンゼーの存在に危機感を持ち、辞任させてしまった。リンゼーと同時に、財務長官のポール・オニールも辞任させられたが、オニールも、ブッシュが減税をする一方で軍事費などの財政支出を急増させていることを危険視し、減税を止めるべきだと進言したため、クビになった。(関連記事

 リンゼーの代わりに経済顧問になったフリードマンと、オニールの代わりに財務長官になったジョン・スノーは、いずれも自滅派の側の人であると考えられる。スノーは、ドル安・中国人民元高を求め続け、ドルの覇権を衰退させる行為を行っており、あきらかに経済担当の自滅派として機能している。

 リンゼーとオニールが辞めさせられたのは、イラク侵攻の4カ月前であり、政権内の自滅派が、侵攻に反対する閣僚を外す行為だった。そのことから類推すると、今回のCIA人事のタイミングは、もしかすると、これから数カ月後に「イラン侵攻」が行われることを示唆しているのではないかと懸念される。

 CIAは以前から「イランは、核兵器の完成までには何年もかかる」と発言し、自滅派が主張している「イランは数カ月以内に核兵器を完成させる」という予測が誇張であることを指摘した。CIAを放置すると、せっかく好戦性を維持している米国内の世論が崩れるかもしれないし、ブッシュ大統領も「イランを侵攻する必要はない」と考え始めてしまうかもしれない。それを防ぐため、自滅派はCIA潰しの動きを強め、ゴス長官を辞めさせて壊し屋のハイデンをCIA長官に据えたのかもしれない。

 ゴスの辞任前から、アメリカのマスコミには「イランに対するCIAの情報は当てにできない」という記事が流れ始めた。「イランは核兵器を持っていないかもしれない」と言っているCIAは、当てにならないというわけだ。イラク侵攻の前に「イラクは大量破壊兵器を持っていないのではないか」と正しい分析をした人々が冷遇されたときと、同じことが繰り返されている。(関連記事その1その2

▼自滅派は多極主義者

 今回の記事で、ブッシュ政権で支配的な権力を持っている勢力を「自滅派」と呼んだが、これは以前の記事に書いた「多極主義者」と同じものである。アメリカが自滅していくと、代わりに中国やロシアなど、他の大国が台頭し、世界は多極化する。

 先日、フィナンシャルタイムス(FT)の中国特派員をやっていたイギリス人の講演を聞く機会があったのだが、彼は「中国の勃興は、欧米の大企業や、その経営者である大金持ちにとっては、非常に嬉しいことであるはずだ。10数億人が、貧民から消費者になっていく過程は、世界の大企業を長期にわたって儲けさせるものだからだ。半面、欧米の労働者にとっては、中国の勃興は、労働市場の競争激化につながるため、悪影響が大きい」という趣旨のことを言っていた。同様の分析は、英エコノミスト誌でも見たことがある。(関連記事

 この分析は、中国だけでなく、インドやブラジルなどにも当てはまる。世界の多極化は、これまで貧しかった20数億人の人々を中産階級に向けて豊かにしていくことであり、世界の消費者数を激増させる。環境問題や資源の枯渇などの懸念はあるものの、投資家や企業経営者にとっては、嬉しい話であるはずだ。

 この件と、ブッシュ政権の自滅派の動きは、関係しているのではないか、と私は考えている。儲けを拡大するために世界の多極化を求めるアメリカの大手の投資家や多国籍企業が、政治献金などによってブッシュ政権を動かし、ゴールドマンサックス出身のPFIABのフリードマン座長のような人を大統領顧問として送り込み、アメリカを自壊させる数々の行為をやらせているのではないか、というのが私の推察である。



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